モミ根系における外生菌根菌の群集構造

摘 要
 外生菌根(以下、菌根)は、森林を構成する大部分の樹種の根系において形成される植物と菌類との共生体である。外生菌根を形成する菌(以下、菌根菌)の種構成や分布様式などの群集構造に関する研究は、菌根菌の多くが大型の子実体を形成させることから、その子実体の発生にもとづいて行なわれてきた。しかしながら、菌根菌の主要な生活基盤である土壌中においては、そこでの種同定の困難さから、菌根菌群集に関する知見はきわめて限られている。本研究では、モミの根系に形成される菌根や菌根形成に関与している菌根菌の群集構造を明らかにするために、地上部の菌根菌子実体と地下部の菌根の両方の特性に着目した野外調査と室内実験にもとづく包括的な研究を行なった。
具体的な実験内容とその結果は以下の通りである。

(1)外生菌根菌子実体の発生消長とその分布


  1. モミを優占種とする二次林とスギ、ヒノキが優占する人工造林地の境界部付近に設置した10×30 mのプロット内において、発生した菌根菌子実体の種類とその本数の調査を約10日間隔で3年間、計67回行なった。
  2. 調査期間中に13属39種の菌根菌が認められ、そのうち未記載種と考えられるベニタケ属菌の一種の出現頻度が、各調査年および調査期間を通じて最も高かった。また、3年間における菌根菌の累積種数は、29種(1年目)、34種(2年目)、39種(3年目)と直線的な増加傾向を示した。
  3. 菌根菌子実体の発生にみられた種数と本数の年二回のピークでは、秋(9月下旬〜10月上旬)のピークが常に梅雨(6月下旬〜8月上旬)のものを上回っていた。種レベルの発生消長では、大部分の種において種数、本数ともに年一回の顕著なピークを示した。
  4. 菌根菌子実体の大部分は、モミが優占するプロットの西半分の林地で発生しており、スギ、ヒノキの外生菌根を形成しない樹種が優占するプロットの東半分の林地では、その発生はプロットの西半分と比べて著しく少なかった。オニイグチモドキ、ヤマブキハツ、ベニタケ属菌の一種の子実体は、モミ樹冠下の林床において発生した。また、クロトマヤタケモドキ、ウスタケ、フジウスタケは、モミの樹冠外の林床上で発生していた。
  5. 子実体の出現頻度が高かった上位4種(クロトマヤタケモドキ、オニイグチモドキ、ヤマブキハツ、ベニタケ属菌の一種)における種間の分布解析をω示数を用いて、優占種のベニタケ属菌の一種と他の3種との組み合わせで行なった。その結果、最小区画サイズにおけるベニタケ属菌の一種とクロトマヤタケモドキは排他的、ベニタケ属菌の一種とオニイグチモドキは共存的、ベニタケ属菌の一種とヤマブキハツは独立的な子実体の空間分布様式を示していた。

(2)天然生モミ実生およびモミ成木の外生菌根の形態的類別

  1. 調査プロット内から採取した当年生、一年生のモミ実生(128個体)、および土壌ブロックサンプル(10×10×10 cm;9個)と土壌コアサンプル(A 3.2×10 cm;28個)に含まれるモミ成木のそれぞれの根系に形成された菌根の実体顕微鏡、光学顕微鏡観察を通して、菌根と菌鞘表面の菌組織の形態的な差異にもとづく菌根の類別を行なった。
  2. モミの実生および成木の根系に形成された菌根は、全体として48の菌根タイプに類別された。実生または成木いずれかのみに形成が認められた菌根タイプは、それぞれ13、10タイプ、両方から類別された菌根タイプは計25タイプであった。
  3. 実体顕微鏡観察によって、モミ実生の根系では単根状の菌根が、モミ成木の根系では、羽翼状からピラミッド状に分枝した菌根がそれぞれ観察された。菌根の色彩において、薄紫色(タイプ15)、赤褐色(タイプ48)、黒色(タイプ35、36、37)などの特徴的な色が観察されたが、大部分の菌根タイプは白色系、淡色系、茶色系のいずれかの色を呈していた。
  4. 光学顕微鏡観察において、菌鞘の菌糸配列組織をIngleby et al. (1990)に従い5つに区分した。この菌糸配列に加え、シスチジアの有無とその形態、クランプ結合の有無、外部菌糸の直径とその形態など、菌由来の形態的特徴と実体顕微鏡観察による菌根の外見的な特徴から、合計48の菌根タイプが類別された。

(3)分子生物学的手法にもとづく外生菌根菌の同定

  1. プロット内において子実体の出現頻度が優占的であった上位3種(クロトマヤタケモドキ、オニイグチモドキ、ベニタケ属菌の一種)について、それらの各子実体とその直下から採取した土壌ブロック(10×10×10 cm)に含まれるモミの菌根から抽出した菌根菌の核ゲノムリボソームDNAのITS領域をPCRにより増幅し、その増幅したITS領域のAlu IとHinf IによるRFLPパターンを調べた。また、(2)で述べたように、土壌ブロックから取り出したモミの菌根の類別を行なった。
  2. 一つの土壌ブロックから多様な菌根タイプ(5〜13タイプ)が認められたが、クロトマヤタケモドキ、オニイグチモドキ、ベニタケ属菌の一種の子実体直下では、それぞれ菌根タイプ41、21、21が出現頻度において優占的であった。
  3. クロトマヤタケモドキ、オニイグチモドキ、ベニタケ属菌の一種の各種子実体について、リボソームDNA内のITS領域長およびAlu IとHinf Iを用いたRFLPパターン(ITS-RFLPパターン)は、それぞれ菌根タイプ41、16、21のITS-RFLPパターンと同一であった。
  4. クロトマヤタケモドキとベニタケ属菌の一種では、その子実体直下の土壌中においては、その菌によって形成されている菌根(それぞれ菌根タイプ41と21)が出現頻度において優占していた。一方、オニイグチモドキの場合、その子実体が発生した直下の土壌中では、その菌によって形成された菌根(菌根タイプ16)の出現頻度は低く、ベニタケ属菌の一種の菌根が優占していた。

(4)外生菌根菌の土壌中における空間分布と実生における菌根形成過程

  1. (2)の当年生、一年生のモミ実生について、それらの根系に形成された菌根の季節変化を1995〜1997年にかけて調べた。また、(2)のモミ実生と土壌コアに含まれるモミ成木に形成された菌根の空間的分布を明らかにし、さらに、(2)と(3)において類別、同定された各菌根タイプの空間分布を調べた。
  2. モミ実生の根系における菌根の形成は、側根の形成と同時期に観察された。菌根の形成率は、当年生実生では40〜80%の間で変化し、夏から秋に向けて増加傾向を、一年生実生では、採取月を通して70%前後を示した。各実生で見い出された菌根タイプは、当年生、一年生ともに、夏から秋にかけて増加傾向を示した。
  3. モミ実生およびモミ成木の根系に形成された菌根は、ぞれぞれ計37、23の菌根タイプに類別された。実生、成木いずれの場合も、タイプ21は菌根数において最も優占的であり、当年生、一年生実生の根系または土壌コアにおける菌根タイプの出現頻度においても同様であった。一方、実生、成木いずれにおいても、大部分の菌根タイプの出現頻度は低く、空間的な分布も局所的であった。
  4. モミ実生の根系にはプロット内の採取位置にかかわらず、菌根が形成されていた。モミ成木の菌根は、モミ樹幹からの距離に従い有意な減少傾向を示し、また、土壌表層から10 cmまでの深さでは、0−5 cm層の方が5−10 cm層よりも多く分布する傾向が認められた。
  5. タイプ21の菌根が形成されていた実生の採取位置と、同タイプの菌根が含まれていた土壌コアの採取位置とは、面的にみて重なる傾向が認められた。

以上の結果を総合して、次のことが示唆された。

  1. 本調査プロット(0.03 ha)に生息する菌根菌は、子実体発生、菌根の形態的、遺伝的解析の包括的な調査にもとづいて、少なくとも56種存在するものと推察された。調査プロットが人工林と二次林の境界部という、特殊な環境に位置していることが、このような多様な菌根菌の存在を可能にしている一因と考えられた。
  2. 菌根菌子実体は、種間で発生時期や発生位置が互いに異なっていたことから、子実体形成における菌根菌の時空間的なすみ分けが存在していることが示唆された。しかしながら、モミの実生と成木に形成された菌根では、多数の菌根タイプが同所的に認められ、土壌中の菌根菌は多種が共存的に分布しているものと考えられた。
  3. モミの菌根から類別された菌根タイプと既報の菌根形態に関する知見との比較から、全菌根タイプ数の約40%において、Cenococcum geophilum、チチタケ属菌、ベニタケ属菌、セイヨウショウロタケ属菌および未同定担子菌類が、菌根形成に関与している可能性が示された。さらに本研究で試みた菌根の形態類別と遺伝的な解析の併用は、菌根菌各種が形成する菌根を種レベルでより明確に特定することを可能にした。本研究では、3種の菌根菌(クロトマヤタケモドキ、オニイグチモドキ、ベニタケ属菌の一種)とそれらが形成する菌根の対応関係が初めて明らかにされ、この包括的な解析手法の有効性が立証された。
  4. ベニタケ属菌の一種は、地上部における子実体の発生頻度と地下部における菌根(タイプ21)の出現頻度でいずれも優占的であり、この種に関しては、地上部における子実体の優占度の高さが、同種の地下部での相対的な優占度の高さをよく反映していることが示された。また、モミの実生と成木の根系に高頻度に定着する菌はベニタケ属菌の一種であったことから、この菌の菌糸による連結が実生−成木両者間に生じている可能性が示唆された。
  5. 菌根菌子実体および実生と成木の各菌根タイプにおいて、それぞれの出現頻度の順位と出現個体数との間には、等比級数則で示される構造的規則性が見い出され、数種の優占種や稀少種とともに、それぞれが一定の出現頻度を持つ多くの種が、一定の構造的規則性のもとに同所的に存在している可能性が示唆された。また、この規則性の成立要因には、林分が成立している場所の環境条件や、そこに生息する菌根菌間のモミの根端をめぐる競争が関与しているものと考えられた。
  6. 本研究の結果とこれまでに得られた菌根菌群集に関する研究をもとに、森林生態系における菌根菌の群集構造の特徴を概観するとともに、この生態系における菌根の機能的意義について考察した。


松田のページへ 研究室メンバーへ