セルロソーム cellulosome

 セルラーゼ複合体の名前。 好熱嫌気性セルロース分解細菌Clostridium thermocellum は、ひろく土壌中に分布しており、堆肥などで見られるセルロース分解能力の高い細菌です。生化学的な解析により(たとえばゲルろ過による分子量推定)、そのセルロース分解酵素は非常に高分子の酵素複合体を形成していると考えられていました。この高分子セルラーゼ複合体は、効率よくセルロースを分解することができるので、その構造に興味が持たれました。電子顕微鏡の観察では、リボソームくらいの大きさに見えることから、このセルラーゼ複合体は「セルロソーム」と命名されました。SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動の解析により、その構造は、酵素活性を示さない高分子のサブユニットと多数の酵素サブユニットからできていることが明らかにされました。この酵素活性を示さない高分子のサブユニットをコードする遺伝子が1993年にセルロソーム生産性中温性嫌気性セルロース分解細菌 Clostridium cellulovorans からクローニングされ、塩基配列が決定されました。その構造は、ユニークで、C末端側にセルロース結合ドメイン(モジュール)をもち、疎水性の高いドメインが繰り返して存在していました。これが、セルロソームの骨格をなす蛋白質として全体像が明らかにされた初めての蛋白質でした。一方、セルロソームを構成する酵素サブユニットには、24アミノ酸からなる繰り返し配列があることが、共通の特性として明らかになり、この24アミノ酸の繰り返し配列と、骨格をなす蛋白質に存在する疎水性の高い繰り返しドメインが高い結合定数で結合することが示されました。この二つのドメインの相互作用こそが、セルロソームを形成させる基本的な機構であることがわかったのです。現在、この骨格をなす蛋白質をスキャフォールディン(scaffoldin-scaffold骨格)、酵素サブユニットを結合する疎水性の高い繰り返しドメインをコヘシン(cohesin)、酵素サブユニットがもつコヘシンへの結合に関与する24アミノ酸の繰り返し配列をドックリン(dockerin)と呼んでいます。蛋白質-蛋白質の相互作用としては、比較的高い結合定数をもつこの結合の立体構造が解かれています。これらのコヘシンードックリン相互作用は、種特異的で、C. thermocellum のドックリンは、C. thermocellum のコヘシンと、C. josui のドックリンは、C. josui のコヘシンと結合する傾向にあります。したがって、これらの特性を利用した人工セルロソーム、または人工酵素複合体の作成が可能です。
 その後、スキャフォールディンの配列は、C. thermocellumC. josuiC. cellulolyticum といったセルロース分解性クロストリディウム属で相次いで報告されました。さらに、Acetivibrio cellulolyticusBacteroices cellulosolvensRumonococcus flavefaciensでと報告が続いています。セルロソームによるセルロース分解の戦略は、クロストリディウム属のみならず、広くセルロース分解嫌気性細菌に分布していることがわかってきました。また、ルーメンなどに生息する嫌気性糸状菌(ツボカビ類)でも、セルロソーム様高分子セルラーゼ複合体が確認されています。さらに、それまでセルロース分解菌としては位置付けられていなかったアセトン-ブタノール醗酵細菌C. acetobutylicum の全ゲノム配列の決定から、この菌が、スキャフォールディン遺伝子、ならびにドックリン配列をもつ多くのセルラーゼ遺伝子をもつことが明らかになりました。ただ、C. acetobutylicumでは、そのセルラーゼ遺伝子はフルに機能していませでした。
 さらに、スキャフォールディンに結合するスキャフォールディンが見つかりました。中心となるスキャフォールディンを一次スキャフォールディンといい、それに結合するスキャフォールディンをアダプタースキャフォールディンといいます。そしてそのアダプタースキャフォールディンのコヘシンに酵素ユニットが結合します。このような構造ですと、当初考えられている構造よりも、より複雑なセルロソーム構造をつくることができます。
 一方、セルロソームを構成する酵素サブユニットについても、当初は、エンドグルカナーゼを中心とするセルラーゼが解析の主流でありました。セルロソームのサブユニットのなかで、重要かつ主要な酵素はファミリー48のセロビオヒドロラーゼであることがわかり、さらにセルラーゼのみならず、β-1,3-1,4-グルカナーゼ、キシランを分解するキシラナーゼ、β-キシロシダーゼ、キシラン側鎖を分解するα-アラビノフラノシダーゼ、アセチルキシランエステラーゼ、マンナンを分解するマンナナーゼ、ガラクトース側鎖を切断するα-ガラクトシダーゼ、ペクチンを切断するペクトリアーゼ、ペクチナーゼ、キシログルカンを分解するキシログルカナーゼ、キシランとリグニンとの結合を切断するフェルラ酸エステラーゼ、クマル酸エステラーゼ、サブチリシン様のセリンプロテアーゼといった様々な植物細胞壁を分解する酵素がセルロソームのメンバーであることが明らかになってきました。この他に理由はよくわからないが、キチナーゼも見つかっています。C. thermocellum のゲノム情報より、ドックリン配列をコードするORFは、71あることが知られています。全体の3分の1がセルラーゼで、残りがが様々な酵素でした。そのなかには、酵素でない可能性のあるものや、未知の酵素(これまで知られている基質には作用しない)である可能性があるものが含まれています。ひょっとするとまだ我々が知らない未知の構造が植物にはあるのかもしれません。セルロソームに含まれるタンパク質の解析から、これら全て(71個)が同時にセルロソームに含まれてはいないことは明らかです。また、セルロソーム生産菌を異なる基質で培養すると、構成成分の異なったセルロソームが形成されることも古くから知られていました。つまり、微生物は、その生育環境により、セルロソームのメンバーを微妙に入れ替えしながら、効率的に植物繊維を分解している様子が見えてきたのです。また多くの酵素サブユニットが、スキャフォールディン(CBM3)とは異なるファミリーのセルロース結合モジュールを有しており(たとえばキシラナーゼのCBM22はキシランに結合します、ほかにもCBM3、CBM4、CBM6、CBM9、CBM13、CBM30、CBM44がセルロソームには含まれていると考えられます。)、スキャフォールディンとは植物繊維上で異なる場所に結合できることを示唆しています。これらのことから考えると、セルロソームは単なるセルラーゼ複合体ではなく、植物繊維、とくに植物の細胞壁を有効に分解する細胞壁分解酵素複合体であることを示しており、当初セルロソームが発見された頃の高い繊維分解能力は、この構造に起因するものであること考えられるようになってきました。とくに、異なる酵素が非常に近くに存在していることが、高い分解性には必要であることが分かってきました。以前、「植物細胞壁分解酵素複合体」(Plant Cellwall Degrading Enzyme Complex)PCDECをセルロソームにかわって使ってはどうかと、あるいは、「Cellwallsome」という言葉も提案されましたが、現在もセルロソームcellulosomeが国際的には使われています。
 C. cellulovorans、C. cellulolyticum、C. josui、C. acetobutylicum においてスキャフォールディン遺伝子とファミリー48の酵素、さらにファミリー9の酵素を含むセルラーゼ遺伝子が、クラスターを形成していることが報告されています。これらの菌においては、セルロソームのもとになるスキャフォールディンとそこへ結合する酵素群が、染色体上に同じ転写方向に、多数ならんでおり、セルロソームの効率的かつ迅速な発現に機能しているのではないかと推定されています。このようなセルロソーム遺伝子クラスターは、非セルロース分解菌に導入することにより、非セルロース分解菌を一気にセルロース分解菌に変えることができる可能性をもっています。
 セルロソームは分解性が高いですが、カビの酵素のように大量に生産することは困難です。そこで、セルロソーム生産菌を使って、セルロースから燃料や化学物質を作ろういう考えかたもあります。セルロソーム生産菌は、セルロースをよく分解します。しかし、エタノールでは、2%しかつくりません。産物としては、酢酸といった短鎖脂肪酸が多くなります。そこで、セルロース分解菌を改良して、たとえば、アルコール5%くらいできるようにするとか、酢酸ではなく乳酸をつくらせるようにするとか、そうった試みも行われています。C. acetobutylicum のようなアセトン、ブタノール発酵菌で、今でもセルロソームを作る能力のある菌が見つかれば、セルロースからアセトンやブタノールの生産が可能になります。という意味では、セルロソーム生産菌で、発酵パターンの違う菌をスクリーニングできる可能性があり、いくつかの低分子の有機物をセルロース質から生産することができると思います。

コヘシン(type-I)の構造、β-バレル構造(ゼリーロール)をしています。基本構造はCBMに似ています。(PDB 1ANU)

 

 

 

 

ドックリン(type-I)の立体構造、α−構造で、カルシウムを結合するEF-ハンドモチーフ様の構造があり、2分子のカルシウムを結合できると考えられている。(PDB 1DAQ)

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