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このページは、どうでもいいと思っていましたが、いろんなところから反響があり、それなりに読んでいただいているということがわかってきました。ぼちぼち、日々の生活を書いていきたいと思っています。

12月28日 仕事納めの日がやってきました。振り返っている暇はありませんが、いろんなことがあったなあと思う1年でした。とくに自然災害にびびった1年でもありました。まあ、家族みんな病気もせず、元気に過ごせたのは、よかったと思いました。よいお年をお迎えください。

12月某日 某テレビ番組で、ピンクレディーの歌をやっていました。どういうわけか、全部歌えるのです。まあ、そういう時代だったということかと思います。高校の修学旅行で、風呂でみんなで歌った「ペッパー警部」をはじめ、文化祭でもりあがった「渚のシンドバット」など、いろんな思い出が、フラッシュバックしました。昭和は遠くなりました。

12月某日 あっという間に講義日程が終了しました。前期の追再試も終了し、ほっとつく間もなく、講座配属や、博士論文や、大掃除や、レポートや、と忙しさにかわりはありません。今年も残すところ10日となりました。もう少しだけ、ゆっくりと時よ流れてくれーと言いたい年末です。年賀状も書かないかんし、あっという間に正月になりそうです。

12月某日 ハンドベースボール監督の忘年会 ハンドベースボールチームの監督、コーチが集まりまして忘年会をしました。同じような悩み、同じようなチーム事情をかかえていることがよくわかりました。来年のチームづくりに参考になるようなことがたくさん話題になりましたし、練習試合をお願いするコネクションも広がりました。来年こそは、津大会で1勝をめざして、がんばらないといけません。

12月某日 家で使っているプリンターを買い換えました。年賀状対策なんですが、だんだん、インクをおいている店は減ってくるし、新しいのがほしくなります。それにしても、コンピュータといっしょで、プリンターの進歩もすごいなあ、とあらためて感じました。

12月某日 市内某所、某書店にて「鉄道ファン」を購入、例年、カレンダーがついている号だけ買っています。レジで、くじをひけるというので、子供に回してもらいました。すると、色のついた球が出てきて、いきなり、カランカランと鐘をならされました。何がおこったかわからず、子供もとまどっていましたが、4等の枕が当たりました。なんだか得した気分でした。

12月某日 日本の子供たちの学力低下が話題になっていました。子供もそうですが大人の学力低下も問題かと思います。学生と話をしても、学校で習うことと現実世界がつながっていないと感じます。新聞によれば、他の国の子供たちが数学の必要性を感じながら勉強しているのに、日本の子供たちの大半は、数学が何の役にたつのかがわからずに勉強しているという実態があるということでした。まさにこれは大学にいても感じることで、糖の構造や、タンパク質の話をしていても、毎日食べている食品とかにつながっているという理解がうすいように思います。そんなわけで、毎年、飲料の成分表示をレポートに書いてもらったりしています。

12月某日 私の住んでいる住宅地で、クリスマスのイルミネーションがはやっています。デイビスでは、新聞にどの通りのどの家がきれいだなんて載っていて、夜、見に行ったことがありましたが、最近では結構、どの家もこったイルミネーション飾りつけをしていて、びっくりします(ここは日本?)。我が家も子供のリクエストで、昔、デイビスで買った100球の電飾を玄関先に飾りました。クリスマスの雰囲気です。

12月1日 やばいくらいのスピードで11月がすぎていきました。今年も師走です。だめだ、このままでは・・・・・

11月某日 研究室分属説明会 講座の2年生に対して研究室分属のための説明会に参加しました。3年から研究室に入ってもらって実験をするのですが、実際のところ、今のカリキュラムでは講義が多すぎて、3年生の研究室の実験はきびしいですね。まあ、夏休みとか来てもらって、がんがんやったもん勝ちというところはありますけど。来年はどんな顔ぶれになるのか、楽しみではあります。

11月某日 ドラゴンズファン感謝デーに参加しました。今シーズンの締めくくりという感じです。例年になく充実したシーズンになりました。下の坊主がアトラクションに参加して、もりあがりました。名古屋80daysとドラゴンズとの試合では、ピッチャー川相、ショート川上、ライト岩瀬など決してみれないポジションに、高木、木俣、74年の戦士が対し、楽しいひとときを過ごしました。とくに、上川や平野のときに、応援団が昔の彼らのテーマをトラペットし、それを歌えたのが本当にうれしかったです。子供よりも私自身が楽しめたファン感謝デーでした。「上川誠二、ガッツのある男」「俊足だ、Go、行くぞ、走れ、走れ平野謙」昔、甲子園に通った頃を思い出しました。優勝記念のDVDを買ったら、名古屋ドームに見に行ったゲームがけっこう入っていて、うれしかったです。

11月某日 学部推薦入試 推薦入学試験に参加しました。例年、これが入学試験シーズンの幕開けで、来年の1年生候補18回生の登場です。

11月某日 宝塚歌劇観劇 娘をつれて宝塚雪組公演「青い鳥を捜して」を観にいきました。宝塚歌劇を観にいくのは、以前勤めていた会社の社員旅行以来です。86か87年のことですから、実に17年か18年前のことです。当時の大ホールはなくなっていましたし、阪急の宝塚駅やファミリーランドも、まったく変わっていて「浦島太郎」状態でした。娘は、はじめて観るもので、おどろいていた様子でした。まあ、「宝塚」という感じでした。

11月某日 私が関わっているスーパーサイエンスハイスクールについて学部HPに載せてもらえました。18歳人口の減少をはじめ大学をとりまく環境は、ますますきびしくなるばかりです。三重県には2つのスーパーサイエンスハイスクールがあります。なんとか、高大連携を通じて地元大学のよさをわかっていだけるとうれしいのですが。

11月16日 東海畜産学会秋季大会(学会賞受賞講演ならびに一般講演)に参加しました。

11月某日 前期「循環生物学」の授業評価 講義の通知表というと大げさですが、自分の講義を学生さんがどう評価しているのかという指標にはなるかと思います。大講義室での講義でしたので、きびしいかと思っていましたが、思っていたよりも評価していただけました。教員の熱意や質問等への対応では、よい評価をいただきながら、理解度という項目で、「あまり理解できなかった」「全く理解できなかった」という学生が2割近くいるということが問題だと思いました。この講義は、来年度から「基礎分子生物学」として新しくなります。これまでの学科必修という広い学生から講座必修へとより特化した学生を対象したものになります。次回は「理解できなかった」という評価をもらわないようにと思いました。

11月某日 ハンドベースボール合同練習試合 津市内の10チームが参加して練習試合をしました。土日の2日間で4試合しました。2勝2敗。この時期、来年にむけてのチームつくりと6年生の引退試合と、試合の持つ意味もチームによって違います。監督としては、来年にむけていろいろな可能性をためしておきたい時期です。

11月某日 実験のレポートを採点して思いました。面白くないですね。論理が甘いというか説得力がない。結果の理由を読んでいるほうが「なるほど」と納得できるように書いてないです。なかにいくつか面白いのもありました。いいところに気づいているのもありました。でも、全体に平均的というか、まとまっているというか・・・・・。これまでレポートを返却していませんでした。というのも、ひどい場合、前年の丸写しとか、他の講義では、前年のコピーに名前だけ変えてあるのとかが横行するからです。昨年はJABEEの関係で、返却したのですが、なんだか急に、金太郎飴のようなレポートになってしまいました。それでも、ひとり3分かけて読んでも、100名超えると5時間はかかるわけで、実際の実験よりもレポートの採点のほうが大変なのが学生実験です。

11月某日 熊澤先生の叙勲記念祝賀会の日程が決まりました。1月8日(土)ホテルグリーンパーク津で行います。ここをみていただいています農芸化学30回生のみなさん、よろしくお願いをいたします。

11月某日 大学祭寄席に参加しました。20年ぶりに高座にあがりました。いつも講義とちがって緊張しました。100名をこす学生の前で講義をするときは、どきどきもしませんが、40名くらいのお客さんの前では、とっても緊張しました。お客さんにつっこんでもらったり、落ちを先にいわれたりもしましたが、なごやかな雰囲気で落語をすることがができました。今年は、何年かぶりの新入部員たちもがんばってくれて、楽しい寄席となりました。着物を着てビラを配っていたら、ふとタイムスリップし、学生時代にもどったような妙な感覚でした。「先生!」と声をかけられ、やっぱりおっさんだったと気づきました。ところで、学祭も模擬店ばっかりで、今年は、人出も少なかったように思いました。とくに年配の方が少なかったように思います。講座では、2年生の夏休みの自由研究の内容を展示しましたが、卒論のポスターなども展示することを考えたらどうかとも思いました。学祭の内容は学祭実行委員会が決めるのですが、ぼちぼち模擬店ばかりの学祭は見直す時期ではないかと思います。

11月某日 農芸化学会80周年記念事業として「持続的社会とバイオサイエンス」という講演会に参加しました。大学院生に自分の研究を一般の人にわかりやすく語ってもらいました。私としては、いろんな研究があるなあと感心して聞いていました。内容はおもしろかったのですが、参加しておられた高校の先生には、「専門用語が難しい」と言われました。一般の人に語るのは、難しいですね。

11月某日 ついに、日本人NBAプレーヤーの誕生です。ちょっとうれしいですね。

11月3日 秋の叙勲発表 私の担任でした熊澤善三郎元生物資源学部長が、瑞宝中綬章を叙勲されました。今でいいますカウンセリング教員だったということで、バイクで事故して入院したときもお見舞いに来ていただきました。先生とは、演習林、水産実験所、紫峰閣といろいろなところで、いろいろな思いでがあります。もし、これを見ている30回卒業生のみなさんはご連絡ください。「君、ぶきっちょやな、うちの研究室へこい、俺が鍛えてやる」と学生実験で言われましたが、先生の研究室には行きませんでした。「このクラスから、留年はださんから」と1年のときに言われ、みんなで卒業できました。いろいろな思いでともに、先生の叙勲をこころからお祝いしたいと思います。

11月1日 ちょっとやばいくらいに10月を駆け抜けました。もう少し余裕をくださいといいたい11月のスタートです。10月の積み残しをなんとかクリアしていきたいですね。

10月某日 共通教育の主題D生物の話題からの私の担当分が終了しました。人文、教育、医、工、各学部の学生が、これも、100名を超えて受講しています。レベルの違う学生さんに語るのはなかなかむつかしいです。リフラクションシートをみて、お世辞かもしれませんが、「微生物が役に立っていることがわかりました」なんて書かれるとうれしくなってきます。やっぱり、同一個体が進化すると思っている学生がいました。

10月某日 化学実験の担当 今年も私の担当分の実験がやってきました。昨年は、これまでになく、実験誤差が大きく、結果の平均値もとんでもない数字でしたが、今年の学生さんは、予想していた値に近い値を出してくれました。少しほっとしましたが、来週になるとレポートがやってきます。この実験は100名を超えています。レポートの採点には、膨大な時間がかかるので、ちょっと元気がでません。読んでて面白いレポートは歓迎です。といっても小噺とかじゃないのであしからず。

10月某日 1年生講座分属説明会・懇談会 当学科では、2年生からは3つの講座に分属されます。各講座の説明と学科の先生との懇談会を行いました。

10月某日 非常に残念でしたが、50年ぶりの日本一はかないませんでした。私の母は、前の日本一のとき高校生で、学校を抜け出して、優勝パレードを見にでかけたそうで、2回目を楽しみにしていました。生まれながらのドラゴンズファンである私は残念ながら日本一の経験がありません。今シーズンはこれで終了ですが、来季も楽しみになってきました。来年は球団創設70年です。今度こそ51年ぶりの日本一をみせてくれると期待しています。

10月某日 小学校の授業参観にでかけました。1年生にも英語の授業があり、外国人の先生がハロウインパーティを教えていました。自分たちのころとはずいぶんとちがっているなあと感心しました。6年生は、体育館で父兄も参加しての学年活動で、よさいこいを踊りました。盆踊りのようなと言われましたが、テンポが早く、結構、息がきれました。娘曰く、親のほうがはりきっていた。まあ、そんな感じでした。準備運動のストレッチで体の硬さを新ためて認識させられました。同じ日に新しい眼鏡をつくったのですが、ついに老眼がはいり、「境目のない遠近両用眼鏡」というもののお世話になることなりました。気持ちは若いつもりでも、老化だけは時間とともにさけられないなあとつくづく感じました。

10月某日 「寝床の会」へ落語をみにいきました。栄歌師匠が、江戸でも社会人落語選手権で優勝され、名実ともに日本一となりました。普段、あまり笑っていないので、やっぱり笑えるということが大事かなと思いつつ、あっと言う間の時間をすごすことができました。

10月某日 台風のおかげで、我が家のゴールドクレストの2本が傾きました。傾いた木をおこすのは結構ちから仕事でした。被害といえば被害ですが、1本は駐車場側に傾いたので、この際、枝をはらい、木全体の重量を軽くしました。

10月某日 またまた台風です。大雨/暴風警報がでましたので、講義は休講です。前回のように、近鉄がとまって帰宅できない学生がでるとたいへんですので。小中学校も休校になっており、朝から家がにぎやかでした。今年は、ほんとうに台風の当たり年です。学生実験が一週ずれたので、スケジュールがたいへんなことになってきました。10月末が苦しくなりそう。

10月某日 「大学生年代のメンタルヘルス」という題のメンタルヘルス講習会に参加しました。カウンセラーとしては、こういう勉強も必要ということかと思います。ずいぶんためになる内容でした。なるほどと思うことがたくさんありました。自分にあてはまることもあると思いつつ、カウンセリングの重要性と責任をあらためて感じました。「将来を自分で決定できるようにする」という簡単そうで、むつかしい支援について今後も考えていかねばならないかなと思いました。来週には、1年生の講座分属の説明会をします。さっそく1年生には、将来の選択の1歩を決定していただかなくてはいけませんので。

10月某日 末っ子の自転車の補助輪をはずしました。倒れるかなと思ったら、比較的簡単に乗れるようになりました。自分の経験では、すいぶんと痛い目をして自転車に乗れるようになったので意外でした。

10月某日 日本シリーズ第二戦 松坂を攻略し、逆転勝ち。立浪の同点HRには鳥肌がたちました。打った瞬間、TVの前で思わず叫んでしまいまい、ご近所迷惑だったかもしれません。ほんとうにしびれました。

10月某日 となりの研究室のM先生の結婚披露宴に出席しました。M先生は双子で、あまりに似ている弟さんにびっくりしてしまいましたが、新婦さんも双子で、これまたびっくりでした。M先生の弟さんが休暇中白衣を来て学生実験に出ていても全然違和感がなく、2年生は気づかないんじゃないかと思いました。

10月某日 植物資源学実験で、紀伊黒潮生命地域フィールドサイエンスセンター付帯施設農場にでかけました。動物の観察とボトルサイレージに使用する草の採取です。さあ、今年も後期の実験が本格化してきました。

10月某日 津祭り ざっと370年の歴史のある祭りです。といっても現代の祭りですからにぎやかこと。津には「唐人おどり」という踊りがありますが、なかなかユニークな踊りです。最近は「よさこいソーラン」もあり、30万人の人出という、普段決して津ではみられない数の人を見たという感じです。ちなみに津の人口は18万人くらいだったと思います。その頃、となり街の鈴鹿では日本GPをやっていて、これも20万人の人出とか。フェラーリはあいかわず強いというか、シューマッハが超人なのか、日本GPの日本車による日本人優勝はおあずけとなりましたが、いつか、いつか、そんな日がくることを夢みています。

10月某日 また台風がやってきました。コースがずれたのでよかったですが、結構、中心気圧が低かったのでびびりました。これは風がこわいと思っていましたが、幸い台風が東にそれたので、雨だけで、ほとんど風は吹きませんでした。雨もこのあいだの90ミリなんてのを経験すると、ニュースの「1時間で30ミリの強い雨」なんて言葉でも、たいしたことないなと思っている自分にびっくりです。

10月某日 イチロー選手の262安打 メジャーリーグ記録の更新です。豊山町出身なんですが、私の実家からは歩いていけいるところにイチローの家もあり、遠いひとのような気がしません。イチローのコメントを聞いていて、落合野球と共通するところがあるような気がしました。プロとしての意識の高さとでもいいましょうか。みならわないといけませんね。某スーパーの優勝セールは、落合監督の背番号にちなんだ66円、660円セール。庶民としてはそれもうれしい土日となりました。スーパーでは「燃えろドラゴンズ」の曲がエンドレスになりつづけ、ついついCDを買ってしまいました。どういうわけか、坂東英二の歌う74年の優勝のときに覚えた歌詞をいまでも覚えています。04年の歌詞も応援歌もしばらく頭のなかでぐるぐるまわりそうです。「燃える決意は、渾身の力をこめ、運べスタンドへ、まっているぞ、立浪」

10月1日 いよいよ後期の講義の始まりです。さっそく講義がありました。昨年よりも受講者が多く教室を変えないといけないかもしれません。この後期は、新たに増えた共通教育の講義をはじめ、結構ハードな時間割がつづきます。ついに、ついに、ドラゴンズのセリーグ制覇の日がやってきました。試合は負けでしたが、優勝です。ドラゴンスの優勝シーンというのは、それなりに記憶に焼き付いています。名古屋ドームでの胴上げ、今シーズンはいい場面をたくさん見ることができ、本当によかったです

9月29日 あっという間にM1となりました。いよいよ、胴上げ、今日は早く帰るぞと思っていたところへ台風がまたまたやってきました。今回は、すごい雨でした。津の時間あたりの雨量は、11時から1時間ごとで、98、83、90ミリというとんでもない数字で、1日の雨量としては観測史上初の401ミリでした。傘が役に立たずという降り方が3時間もつづきました。通常の大粒夕立が30ミリくらいですから、いかにすごい雨だったかわかっていただけるかと思います。そんななか学内某所にて排水不良を見つけてしまいました。これはたいへんと雨のなか事務方さんとバケツで汲み出すことになり、ヘトヘトになりながらも汲み出しに成功しました。幸い止まっていた排水ポンプが正常にうごきだしたのでよかったです。さて帰宅しようにも近鉄は、津駅などの冠水と、江戸橋と津の間の高架部分ののり面が崩れ不通、意を決して歩いて帰ることにしました。市街地はかなり混乱していました。車は渋滞、バスは運休、1時間40分くらい歩いてなんとか自宅にたどりつきました。自然のおそろしさというか、たかが雨とあなどるなかれという感じです。

三重大学正門前

9月26日 大学の保護者懇談会 3年生の父母に大学を見学いただき、成績表をお渡しする個人懇談です。大学でやっているところは少ないかと思います。実際に、学生さんの親御さんと話をするのは、どきどきしますが、要望とか進路とかいろいろな話ができてよかったと思います。こんな研究室で実験していますと研究室を見ていただきました。ところで、ついにM4となり、いよいよ5年ぶりのリーグ制覇が見えてきました。某デパートでは、優勝を祈願して「ドラゴンズ弁当」なるメニューをつくったとか、そのニュースでインタビューに答えていたのは、義父で、食べているところがでていたのが、うちの坊主でした。偶然、某デパートで、注文したら、取材にきていたTVクルーに撮影されたとか。神宮でのヤクルト三連戦で決めてくれると信じています。

9月某日 小学校の運動会 ここ数年、国際会議やなんやらで出ていませんでした。かみさんひとりではビデオにカメラといはいかず、どうしても写真が少なくなりがちです。またマニュアル300mmの望遠の登場です。それにしても、デジタル一眼をもったお父さんをたくさん見かけました。親のマナーの悪さも目につきました。自分の子供を撮りたいのはわかりますが、フィールドにでてきたりしては他の人が見えなくなります。

9月某日 日本生物工学会の大会に参加しました。生物工学会に出たのは甲府であったとき以来でした。ひさしぶりにあった人たちといろんな話ができて有意義でした。大宮先生が生物工学会賞を受賞されましたので、受賞講演からまじめに参加しました。名城大学であったのですが、ずいぶん立派な校舎や教室でおどろきました。国立大学法人は、教育コンテンツだけでなく、勉強する環境というところから考えないといけないかもしれません。まあ授業料の差でしょうか。学会で、毎晩飲んだため、何ヶ月もかけて減らした体重があっという間にもどってしまいました。

9月某日 ついにプロ野球がストに突入 「野球がないとちょっとさみしき土日かな」っと一句できました。プロ野球だから世論は減らすことに反対しましたが、これが国立大学法人だったら・・・・・来年から減らしますといわれたとき戦えるでしょうか、なんだか他人事ではない気がしました。

9月某日 フィールドサイエンス概論 夏休みなんですが、この授業だけはあります。昨年とちがい、2年生は前期に講義があったので、顔なじみで、やりやすかったです。大講義室にも慣れました。欲をいえば、もう少し前に座ってくれないかなあと思いつつ午前2コマをしゃべりつづけました。

9月某日 成績配布 この時期に前期試験の成績を学生さんひとりひとりに渡します。最近の様子や将来のことを話してもらっています。幸い、みんなうらやましいくらいに元気で、心配な学生さんはひとりもいませんでした。単位が微妙に少ない人、ほとんど「優」しかない人、ほとんど「優」のない人、ひとそれぞれ、数学が得意な人、物理が満点な人、やたらに語学に強い人、いろんな人がいます。みんなそれぞれのびてくれればいいなと思いつつ成績表をわたしていきました。なんとなく1年生に元気をもらった感じです。

9月某日 ハンドベースボールの橋南大会といっても、チーム数は減り続け、今年は3チームの総当たりでした。結果は1勝1敗、ついに念願の1勝、子供たちとよろこびました。それも3回コールド勝ちで、大健闘でした。以前は、各小学校学区に4チームくらいありましたが、今では、4小学校学区に3チーム。子供がへったというわけではありませんが、ここにも野球人気のかげりが影響しているのかもしれません。

9月某日 ピアノの発表会 末っ子のデビューでした。無難にこなしていて、ほっとしました。娘は、直前の朝の練習でも間違えるところがあったので、不安でしたが、思ったより強心臓なのか舞台では間違えませんでした。

9月某日 なんとしても勝ってもらわねばと名古屋ドームにでかけました。今シーズンここまで、見に行ったゲームは5連勝、この連勝をのばすべく名古屋ドームへとのりこみました。ドミンゴの好投で、2−0楽勝かと思ったところ、2−4と逆転され、もうだめだとあきらめかけた9回裏、みごとに同点においつきました。しかし、終電の関係で、これ以上の応援は無理、後ろ髪引かれる思いでドームを後にしました。結果は延長11回サヨナラ勝ち。また連勝記録がのびました。それにしても、井端と英智のナイスプレーは本当に、この目で見て、来てよかったと感じるプレーでした。

9月某日 朝、でかけに震度3の余震。前震震度4−本震震度4ー余震震度3の一連の地震は、これでおわりだといいのですが。地震で、電車は朝から遅れていました。おまけに台風の影響で、風が強い。南よりの風が吹き続けています。ところで、実験室は何も落下していないと思っていたら、地震のあった深夜に実験室に院生が残っていて後片付けをしてくれたのことでした。どうりで、朝一、整然としていたわけです。

9月某日 大学へ出てみて、さっそく点検をしました。阪神淡路大震災のとき津は震度4でしたが、結構横に揺れた記憶があり、実験室の試薬がおちたラボもあったと聞きました。今回は、実験室では何も落下していませんでした。教員室のほうで、本棚にあったファイルが落下し、台にのせてあったプリンターがひっくりかえって、はずみで、机の上のマグカップが落下して粉々になっていました。あっちこっち点検にいきましが、どうやら被害は、某社でもらったマグカップ1個と低温室にあったボールミルキチンの入った溶液ボトル1本のようで、ほっとしました。ほとんど地震の経験のない留学生はビビリまっくっていました。まあ、昨日の地震は中くらいというともっと驚いていました。阪神淡路大震災のときの神戸大学の留学生の手記を読んだことがありますが、地震のほどんどない国からくるとほんとうにびっくりなんだと思います。三重大の留学生も、このまえの台風といい、地震といい、とでもない国に来てしまったと思っているかもしれません。

9月某日 かみさんと近くのスーパーへ買い物に行きました。しばらくすると地面が揺れているのに気がつきました。店の商品が落下することもなく、店員さんも慌てた様子はありませんでした。家に帰ってテレビをみました。津は震度4でした。震源の場所が場所だけになんとなく東南海地震のトリガーになるのではと素人考えで思いました(プロの気象庁は否定していましたが)。そして深夜、またゆれました、ついに東南海地震が来たかと構えましたが、意外とすんなり止まりました(東南海地震の津で想定されている震度は6)。テレビをみるとやはり震度4、震源は同じようなところでしたが、東南海の想定域よりは遠いし、地震の規模も小さい。いつか来るはずの東南海地震ですが、地震のたびにどきどきします。

9月某日 夏休みの作品展覧会を小学校に見に行きました。仕事柄、理科の自由研究に目がいきます。なかなかの力作そろいで、親の苦労も見えてきます。昆虫採取より飼育日誌のようなものが目につきました。デジタルカメラ像、カラープリント、高学年になるといかにもエクセルで書いたグラフなど、コンピューターが子供の宿題にも活躍していることがよくわかります。

9月某日 ハンドベースの橋南地区大会が雨でながれたので、となりの学区のチームと練習試合をしました。そのチームは津大会で優勝したチームだったので、やはり13対0のコールドゲームで負けてしまいました。2試合目、相手は、6年生抜きでしたが、11対10で、やはり勝てませんでした。ツーアウトまではとれるのですが、そこから得点されるケースが多く、課題がのこりました。それでも、同じピッチャーから10点とれたのですから、何かをつかんでくれたと思いました。

8月27日 毎年恒例となりました「大学等放射線施設協議会」の総会と「大学等のおける放射線安全管理研修会」に参加しました。いよいよ法令改正です。免除レベルの導入により、これまで、放射性同位元素として法律上あつかわれていなかったものが新たに管理対象になったり、これまでより規制のゆるくなる核種があったりで、対応が大変です。法律は、国会を通ったのですが、施行規則、政令、告示等がまだなので、具体的な動きはできませんが、またしばらく法令集とにらめっこする日々がくるのかと思うと少しうんざりします。おまけに、娘から頼まれた土産を買い忘れるやら、指定席がとれずに、自由席に並ぶやらで、帰りは元気がでませんでした。

研修会の開催された東京大学安田講堂

8月某日 「タビックス」なるものをはいています。足袋のようになっている靴下(ソックス)ということらしいのですが、暑い夏には結構快適です。指がわかれていますので、鼻緒のあるサンダルにも対応できます。おすすめします。長嶋ジャパンも残念でした。宇津木ジャパンとともにオーストラリアにやられたました。阪神のウイリアムズは打てそうな気がするのですが、オーストラリアのウイリアムズは打てそうな気がしませんでした。不思議です。

8月18日 大学院博士前期課程(いわゆる修士課程)の入学試験 大学院にもたくさん来てくれるとうれしいです。大学院は、3月に二次募集もあります。もうちょっと勉強してみたい、ちょっとフィールドを変えてみたいとか、今、都会の大学にいるけど、田舎ののんびりとしたところですごしてみたいとか。そんな学生さんを歓迎します。

8月某日 アテネオリンピックです。 一番熱心に見たオリンピックは、ミュンヘンだったという気がします。体操やバレーボールに熱狂していました。当時中学生だったので、近所でバレーボールのチームをつくったりしていました。

8月某日 お盆です。我が家は宗派の相違で、お盆は、7月です。前期の講義期間中なので休むわけにもいきません。我が家の墓は名古屋の平和公園にあるのですが、最近、お墓でのひったくりやものとりが横行しているそうです。おとしよりが墓の掃除をして手をあわせているあいだに、バックや荷物をもっていってしまうそうです。墓参りもゆっくりできない時代になりました。

8月某日 大学教員の夏休み、いわゆる夏期休暇は、普通の会社と同じかそれよりも少ない3日と決まっています。随分と世間では誤解があるような気がします。「大学の先生は休みが多くていいね」なんて、とんでもない。講義がないだけで、8月は、8月なりに忙しいのです。今年は、この休みに学生時代の仲間とゴルフにでかけました。実に8年ぶりのコースです。インでは50台で回れたのですが、アウトがだめでした。それにしてもS氏の75には驚きました。まるでプロのようでした。何年かぶりに会って、わーわー言いながら、楽しい時間を過ごすことができました。会社にいる頃は、ゴルフは、必須科目でしたが、大学へ来てからは、必然がなくなりました。それでも、迷惑のかからない程度にはプレーできるように練習しないといけないと感じました。卒業してから20数年、学生時代の話などで盛り上がりながら、仕事の話や白髪染めの話まで話はつきませんでした。

8月某日 首位決戦 名古屋ドームに行きました。今シーズン、ここまで4連勝、見に行く試合は必ず勝つというジンクスを信じて出かけました。盗塁、捕殺、派手ではありませんが、随所にいいプレイをみることができました。今回は、「立浪」と段ボールに書いたプレートを子供に持たせて応援しました。おかけで、大きな画面に2回うつりました。試合の結果は、川上の完封。これで連勝記録も5となりました。応援にいけば必ず勝つ。そう信じて、また出かけます。

8月9日 学部オープンキャンパス。高校生のみなさんにたくさんきていただきました。今回も研究室では、オープンラボということで簡単な実験を企画しました。内容は、大腸菌からアルカリSDS法でプラスミドDNAを抽出していただき、アガロース電気泳動でみてもらうものです。30名の定員でしたが23名しか応募がなく、人気がなくてちょっと残念でした。来ていただいた学生さん何人かには、実験は楽しいといってもらえました。ぜひ「資源循環学科」を受験してくださいねという感じです。オープンキャンパスの様子はこちら、さあ私はどこに写っているでしょう。よくみると昨年と同じネクタイでした。ちょっと考えないといけませんね。

8月某日 なにげなくテレビを見ていました。すると我が母校、愛知県立松蔭高校の男子シンクロ部がとりあげられていました。私は水泳部でもなんでもないのですが、母校がテレビに出るのは、なんとなくうれしいもんですね。

8月某日 家族でボーリングに行きました。子供たちにいいところを見せようと思ったことが敗因でした。力がはいって、スペアがとれません。かつてない悪いスコアになってしまいました。それにしても、昔は14ポンドを軽くなげていましたが、12でもしんどくなってきました。これでは、次の土壌研究室との対抗戦に勝てません。少し練習にいかないといけませんせんね。

8月某日 「寝床の会」の落語を聞きにいきました。栄歌師匠が社会人落語選手権で3連覇をしたので、今回は、凱旋公演となりました。「手水廻し」は昔の南遊亭万年さんのが印象的でしたが、さすがに栄歌師匠でした。となり村の一兵衛さんの描写などほんとうに笑えました。

8月某日 ついにハンドベースボールの津大会がやってきました。津球場の外野の芝生グラウンドです。念願の1勝を目指したのですが、やはりだめでした。走塁ミスあり、フライのお見合いあり、エラーあり、やらなくてもいい点をやって自滅です。4対1で敗退です。練習がいきたところもたくさんあったので、よかったのですが、あと一歩何かが足りませんでした。とくに今回、相手ピッチャーを打てませんでした。次の大会をめざして、また練習です。

8月某日 研究室のコンピュータから膨大な量のアクセスが出ていると情報処理センターから指摘があり、調べてみるとチャット用のプログラムが勝手に動いていることが判明。へんなプログラムをダウンロードしないように学生に言ってあったのですが、ネットの恐ろしさをまざまざと見せつけれられました。ワームのようなものは見つかりませんでしたが、多くの先生方にご迷惑をかけてしまいました。管理が不十分でした。

7月31日 三重大学農芸化学の同窓会 三翠化学会の総会が開催されました。私は、ここ2年ほど会計幹事をしておりましたので、会計報告をしました。本年度からは庶務幹事ということで事業計画案の説明をしました。法人化になり同窓会活動というものにますます期待がかかるようになってきました。就職のこと、入学のこと、まだまだOB、OGにお願いしなければならないことがたくさんあります。

7月某日 二重らせんのDNA構造の解明、セントラルドグマの提唱と、この業界の偉大な研究者であるクリック博士が亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします。彼が解いたDNAの構造や、彼の提唱したセントラルドグマを講義で語っており、前期のテストでも、そのあたり出題しています。物理や化学とちがって、今この時代に生きている人々がつくりあげた学問をたくさん習うのが分子生物学です。

7月某日 「法人化後の三重大学を取り巻く環境と今後の方針」ということで学長のお話があるというので参加しました。ひょっとしたら、きびしい環境のなか「夢」のある話がきけるかと思ったのですが、「きびしい」話と「がんばってください」という話ばかりだったような気がします。削減と効率化、事務方削減、研究費削減、雑用増、教育負担増という環境のなかで、いっそう努力して前以上に外部資金を調達して、いっそう努力してよい講義をめざしてくださいということです。同じ環境で努力するのならともかくも、昨年よりマイナス要因の多いなか、前年実績を維持するのも精一杯なのに・・・・・もっともっと働けって。まあ、直接、学長と話ができる場がこうやって開かれるようになったのは、いいことなのかな。

7月某日 ラッキーなのかアンラッキーなのか。車で走っていてガソリンスタンドで給油、スタンドのおじさん曰く、後輪の空気減ってますよ、いれておきますね。おやおや、そんなはずないなと降りて見てみると、大きなビスがタイヤに刺さっていて「こりゃ、パンクだ」。さっそく、その場で修理。助かった、こりゃラッキー。給油してよかった。

7月25日 今年はじめてツクツクボウシの声を聞きました。まだまだ、暑いですが、少し秋が近づいたような気がしました。でもまだ7月だよね。

7月23日 スーパーサイエンスハイスクールという文部科学省のプロジェクトがあります。理科離れが言われているなか、科学への夢と興味を育てようという取り組みです。今年、県立松阪高校と三重大学とで、このプロジェクト指定でもって高大連携授業をやることになりました。そんなわけで、高校生に分子生物学とはというような講義と「自分のDNAを取り出そう(VNTR領域のPCRによる増幅)」という実験実習を行いました。高校生の皆さんの頬の裏をこすった綿棒からDNAを精製し、D1S80領域ミニサテライトをPCR増幅するという実験実習です。全員ひとり2本ずつのPCRバンドを電気泳動で検出することができました。ピペットマンは誰でも使えると思ったのは甘かったですが、某社のDNA精製キットは、今回もすばらしいパフォーマンスをみせてくれました。文部科学省のSSHについてのプレスリリースです。

7月某日 ハンドベースボールの練習試合 圧倒的に負けました。子供たちは、「もう1回やったら勝てる」などといっておりましたが、やはり、練習量の差なのか、気持ちの差なのか、勝負になりませんでした。悲願の1勝をめざして、また練習です。これで、今シーズンは5連敗、監督としてはつらいシーズンがつづきます。

7月某日 娘が高校野球の三重県大会で始球式に出ました。親ばかで、始球式に葉書で応募したら抽選であたりました。普段投げているのはハンドベースボールのボールなので、硬式ボールはずいぶんと重たかったようです。まあ、ノーバンウンドでキャッチにとどいたのでよしとしましょう。

7月某日 前期の講義がすべて終了しました。やっとおわりました。テストはまだですが、講義は終わりです。気になるのは、学生さんのテストのできと授業アンケートの結果です。とくに「循環生物学」は、人数の多い講義だったので、学生さんがどのように感じたのか気にはなります。講義ごと書いてもらっている「リフラクションシート」を見ていると、よく理解している学生さんがいる一方、全くついてこれていない学生さんもいると感じます。そういった学生さんをどれだけフォローできたか、あるいはどれだ生物学に興味をもってもらえたかが気になります。

7月某日 暑い日がつづき、電力消費もうなぎのぼり、二酸化炭素削減なんて遠い昔の話のような勢い。事務から1本のメール、「クーラーの電源をきってください。」電力ピンチ、実験室の3台のクーラーを切り、教員室のエアコンを止めました。実験室では、冷凍庫の庫内温度が上昇し、コンプレッサーがフル回転、うちの研究室は4階で、上が屋上なので、どんどん室温が上昇し、35℃をすぐに超えました。教員室も温度計は37℃をさし、キーボードの上には汗がぽたぽた、とても落ち着いて作文できる状態ではありませんでした。これも法人化になったためかと思いつつ、昔は、エアコンもなかったのだと思い、耐えるしかないと思うのでした。ノートパソコンは、結構発熱体だと思い知らされました。

7月某日 大学院資源循環学専攻の特別講義がありました。京都大学の伊藤操子先生の外来雑草の話、本学の伊藤進一郎先生の外来の松枯れの原因となる線虫の話とたいへん興味深く聞きました。輸入飼料による混入雑草「わるなすび」の話がたいへん興味深かったです。というもの先日、某所、牧草地で「わるなすび」をみたところだったので。

7月某日 「生きている土」「死んだ土」というタイトルで、岩田進午先生の講演がありました。土のホメオスタシスという資源循環には重要な考えかたを学んだ気がします。有名な先生で著書も多く、思わず先生の著書をもっていき講演後サインをいただきました。ちょっとミーハーかなと思いつつ。先生の「植物に栄養を供給するだけではない」という土、ちょっと肥料と土と堆肥といろいろ考えさせられました。とくに微生物の多様性と土。短い時間にいい話がきけました。

7月某日 午前中、2つ講義をこなして、午後から名古屋でありました東海畜産学会のシンポジウム「畜産物流通システムとトレーサビリティ」に参加しました。なかなかためになりました。

7月1日 3年次編入学試験 短大や高専を卒業予定の学生さんに学部3年生に入学してもらうシステムです。あまり世間では知られていませんが、3年次編入試験をはじめとして、来年春まで、たくさんの試験があります。8月には大学院の修士課程、博士課程の入学試験、また10月入学の試験も同時にあります。11月には、推薦入学、帰国子女、社会人入学試験、1月はセンター試験、2月は前期日程個別学力試験、3月は留学生入試、後期日程といった具合です。

6月某日 あっという間の6ヶ月でした。とくに4月以降は、きびしい日が続きました。時間に追われ、締め切りに追われ、手帳の時間に追われ、気持ちを切り替えて7月に、後半6ヶ月がんばるぞという感じでしょうか。そんななか岐阜大学に学会の用事でいってきました。昔、各務原にあったころ、何回か農学部にいったことはあるのですが、黒野へ移転してからははじめてでした。

6月某日 巨人に三連勝した後の4連勝対決、阪神戦の応援に名古屋ドームに行きました。まさに札幌のいきおいそのまま、山本昌の好投と立浪の活躍で快勝でした。今シーズンは、これで4連勝、応援にいって負けない日がどこまでつづくでしょうか。

6月某日 小学生のこどもたちが、警報器をぶらさげて登校するようになりました。本当に他人が信用できない時代になってきました。

6月某日 6月にしてはめずらしく台風がやってきました。かなり強い雨、風で、県内の小中学校は休校、大学もすべての講義が休講になりました。地球温暖化の影響でしょうか大きな台風がやってくるようになった気がします。伊勢湾台風のようなハイパーな台風がこないように祈るだけです。

6月某日 ついに鈴木亜久里以来、ひさびさに表彰台に日本人が上りました。F1の話です。昔、中嶋悟が4位になったときに本当にしびれたことがありましたが、ついに表彰台、さらに上へとあがれるかもと思うと、わくわくします。日本人が日本のエンジンで、表彰台の真ん中にたつ。それは、ずっとずっと夢のようなことでしたが、ついに、現実味を帯びてきた感じがします。がんばれ佐藤琢磨。

6月某日 子供のかよう中学の女子学生が、朝の通学途中で刃物をもった不審者に追われるという騒ぎがありました。こんな田舎のちっぽけな町でも、いろんなことが起きるものだと思いつつ、本当に物騒になったこの国の未来が心配です。

6月某日 梅雨のなかやすみ、からっといい晴天が続いてます。講座では、昼休みにプールで泳ぐのがはやっています。ちょっと泳ぐのにいい天候です。家で飼っている甲虫の幼虫がさなぎになりました。ポケモンの「進化」ののりで子供が見ていました。ポケモンの「進化」と、我々の使っている「進化」という言葉ではだいぶ意味がちがいます。ポケモンは一定の条件で変わることを「進化」と呼んでいます。ピチュウの「進化」形がピカチュウで、ピカチュウはライチュウに「進化」すると子供はいいます。同一個体が「進化」するのです。ポケモンの第一世代は、中学から高校になってきていると思います。彼らが大学に来たとき、「進化」の意味ですれちがいがおきるかもしれません。

6月某日 学生さんもプロバイダーにHPを持つ時代ですが、小学生がHPをつくってチャットしているという光景は、少し違和感があります。日の暮れるまで、遊んでいた自分たちの子供の頃、同じ年齢でも環境があまりに異なっていて、きょうびの子供たちは理解できないところがあります。まあ理解しようとするのが間違っていて、結局、子供たちのできごとは、大人社会の鏡像というか、今の社会をうつしているだけなのかもしれません。

6月某日 なにげなく、ナイター中継を見ていました。小1になったばかりの息子が、画面をみながらバッターボックスの井上選手に話していました。場面は、8回裏、5−3巨人リードの中日の攻撃、木佐貫投手の投球が変化球がはずれて3ボールになったときでした。「ストレートで、ストライクをとりくるから、それをねらえ」と言っているのです。実際に、ストレートで、ライト前にヒットとなりました。「ほらね」。ちょっとびっくりでした。

5月某日 F1ヨーロッパグランプリ ついに佐藤琢磨がやってくれました。シューマッハとならぶフロントローです。ちょっとじーんときました。ついに日本人ドライバーもここまできたかという感じでした。ひょっとして、ひょっとすると、今シーズンは、もっと感動できるかもと、次のレースが楽しみです。モータースポーツの話題を書くのは初めてかもしれませんが、鈴鹿にかよった時代もありましたし、けっこう好きです。F1だけは、今でも見ています。モナコのときのスタートにも少し熱くなりました。結果はともかく、シューマッハに当たりながらもかわしていった走りは感動もんでした。もちろん、予選2位は、日本人でははじめて、もし、もし、鈴鹿で、佐藤が、ポールポジションをとってBARホンダの1−2なんてことになったら、どうしようと今から期待が膨らんできます。

5月某日 今年3回目の名古屋ドームにでかけました。野口の千奪三振、立浪の逆転タイムリーといい場面を見ることができました。それにしても岡本のノーアウト満塁からの無失点のリリーフにはしびれました。今年はこれで3連勝です。それにしても阪神の応援団はすごいですね。名古屋ドームが甲子園化しています。

5月某日 ここ何年か部員ゼロだった「三重大学落語研究会」についに入部希望者が来てくれました。うれしいのひとことにつきます。復活です。

5月某日 沼津工業高等専門学校物質工学科で講義をしました。学生さんが熱心に聞いてくれました。大学でいうと2年生にあたる5年生に「バイオマス分解の微生物戦略」ということで、おもに微生物がどうやってセルロースを分解しているのか、わかっていることと、これからの課題、その応用についてお話をしました。学生さんが元気で、昼からの眠い時間帯にもかかわらず、聞いていただき、質問もあり、でかけたかいがありました。帰りは三島から、こだまに乗ったのですが、あまりにも追い越しが多く、停車時間の長いの驚きました。おかげで、のんびりとできましたが。

5月某日 ハンドベースボール合同練習試合 雨でのびのびになっていました練習試合がありました。今年のチームは、そこそこ戦えると思っていましたが、人数が足りず、チームに入りたての子にも出てもらって、かろうじて規定人数をクリアでき参加できました。そんなわけで、主力はともかくも、未経験者も多く、エラーなどもありました。3試合して全敗でしたが、コールド負けは1試合だけだったので、この時期にしてはよかったと思います。子供たちは、試合で成長していきます。次が楽しみになってきました。8月の本大会での1勝を目標にがんばります。

5月22日 大宮先生の退官記念祝賀会がありました。120名を超える参加者があり、盛大に行われました。卒業生や、諸先輩、他大学の先生方と多方面の方の参加がありました。

5月某日 今年こそと応援していたサクラメントキングスが、西カンファレンスの準決勝で負けてしまいました。ちょっと残念です。

5月某日 国立大学法人になって、あまり変化はないような気がしていましたが、最初の衝撃がやってきました。教員の教育研究校費が5割減となります。ちょっとたいへんなことになってきました。

5月某日 ついに三重県内、全69市町村を回るスタンプラリーを制覇しました。三重県は、みかけより広くて、でかいと感じました。こんな町があるのかといろいろ勉強にもなりました。それにしても、とくに熊野から先は長かったです。国道とは名ばかりのすごい山道も通りました。はじめて行った町が多く、道にまよったりもしました。それでも地元の人たちに親切に教えてもらったりして無事に全市町村をまわることができました。

5月某日 鈴鹿の県営スポーツガーデンのプールに泳ぎにいきました。50mプールで、100m平泳ぎを、全力で泳いでみたのですが、2分を切れませんでした。40mくらいから失速してしまいました。スタミナがありませんでした。ちょっとショックでした。若い時のイメージがあり、もちろん、体重も増えて、そんなの無理だとわかっていても、ひょっとしたら水泳ならとどこかで思っていたかもしれません。娘は、らくらく、1分30で泳いでいるのに・・・現実はきびしい。

5月某日 4月を5割でのりきったドラゴンズの応援に名古屋ドームにでかけました。今回は、いつもの外野ではなく、内野、それもベンチ上という絶好の席でした。川上のストレートの音が聞こえてきそうな位置でした。試合は、最後までハラハラしましたが、川上のいいピッチングで勝ちました。デーゲームでしたので、余裕があり気分よく家路につきました。今年は、これで2連勝。また行こうという気持ちにさせるゲームでした。

4月某日 某雑誌に論文がアクセプトになりました。きびしい投稿でしたが、エディターに助けていただき、なんとか、本当になんとかアクセプトになったという感じで、エディターから連絡をいただいたときには、うるうるしてしまいました。迅速にレフェリーをしていただいた先生方、とりわけエディターの先生には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

4月某日 女子サッカーのアジア地区最終予選に釘付けでした。ふとUCDavisにいたころ、よく女子サッカーの試合を見にいったことを思い出しました。どうも、フル代表の試合がいまいちなので、ひさびさの快勝を見たという感じでした。がんばれ日本。

4月某日 新1年生と学科教官の顔合わせ会 カウンセリング教官としての仕事のひとつが、この会の企画と幹事です。幸いたくさんの1年生が参加してくれて、これまでになく学生さんといろんな話をすることができました。2時間はあっという間でした。推薦、前期日程、後期日程と異なる入試を体験してきた学生さんなんですが、私は、前期の試験監督をしていましたが、覚えていると言ってくれた学生さんもいました。それにしても、よく食べるなあと感心する食欲でした。やっぱり若いね。

4月某日 今期より循環生物学の講義担当になったのですが、人数が多く大講義室を使っています。黒板も使いにくいし、マイクの調子も悪いし、教壇からの角度がワイドなので、どこを見て語ればいいのか、むつかしい教室です。

4月15日 茨城大学ーワーゲニンゲン大学合同若手シンポジウム〜消化管をめぐる微生物の世界〜に参加しました。なかなか楽しいシンポジウムでした。ワーゲニンゲンのグループのマイクロアレーの解析にはまいりました。研究は金じゃやないよと思いつつ、うらやましいなあと思いました。茨城大学の先生方、学生さん、ご苦労さまでした。

4月某日 私の今シーズン開幕です。半年ぶりの名古屋ドームにでかけました。いい試合でした。落合監督の掲げる各人10%のレベルアップの効果でしょうか、随所にいいプレイがありました。ペタジーニのHRで試合は決まったと思いましたが、まさかまさかのアレックスの逆転サヨナラHRで、夢をみているようでした。本当にジーンときて、近くにいる人たちとやたらと握手をしました。ちょっとしたプレーひとつひとつがゲームをつくるということをあらためて認識しました。自分にも10%のレベルアップをと思いつつドームを後にしました。

4月某日 作業に取りかかってから、2年近くになりましたが、松嶋先生、粟冠先生との共著「増補改訂 微生物・バイオ領域の英語表現文例集」が講談社より発売となりました。定価3800円で、全国の書店、生協で販売します。これを書くために目を通した論文は、相当な量になりました。おかげで、ずいぶんと勉強になりましたが、時間も使いました、ちからはいっています。ぜひ、書店で見ていただき、よかったら御購入ください。

4月某日 1年生の就学カウンセラーとして、1年生の履修申告のためのガイダンスに出席しました。「新1年生の皆さん、ようこそ資源循環学科に」という感じでしょうか。なかなか複雑な共通教育の履修手続きにいきなりの戸惑いもあるかもしれませんが、国立大学法人の1期生として、ぜひ4年間いっしょに勉強しましょう。それにしても、履修申告は厄介です、ガイダンスなしでは、理解できない気がしました。

4月1日 エイプリルフールではなく、国立大学法人三重大学の発足です。発足式典に出席しました。学長の挨拶や、理事の紹介がありました。マスコミも来ていました。いよいよ、法人化のスタートです。昨日とは、うってかわって、新任の先生や事務の方が挨拶にみえて、「お世話になりました」から「よろしくお願いします」に1日で変わりました。今年は、新1年生の就学カウンセラーになりました。春からちょっと仕事が多いかも。

3月31日 国立大学三重大学も最後の日となりました。我々教職員も、国家公務員から法人職員となります。三重大学だけでなく、日本という国から国立大学がなくなるわけです。不安がないわけではありませんが、大学としてのスケジュールは、例年のとおりに進んでいますので、これまでのところ、あまり変化を感じてはいません。多分、少しずつ変わっていくのだと思います。退官される先生、事務の方が挨拶にみえて、年度末のあわただしさは、例年とおりの1日でした。国立大学の最後の夜は、吟醸酒で乾杯です。

3月某日 変更申請を行なっていたアイソトープ施設の「承認証」が届きました。年度内に届いてほっとしました。ひとつ片付いたという感じです。

3月25日 卒業式 学位授与式 今年もやってきました。なんとなくさみしい気分です。今年は、はじめて資源循環学科としての卒業生を出しました。祝賀会では、他講座の学生ともいろんな話ができて、よかったです。学科としてのまとまりのようなものを感じました。大宮先生もあいさつで言っていましたが、みんな本当にたくましくなったと感じました。ひとりひとりの学生さんに、それなりの思い入れはあります。今は、これからの活躍を祈るばかりです。卒業、修了、本当におめでとう。

3月某日 後期講義の評価 今年から評価項目が若干かわったので、前年との比較はむつかしいですが、総合評価はまずまずでした。「わかりやすい講義でした」「充実していました」「これで終わりかと思うとさみしい」等のコメントには、勇気づけられました。問題は、9割の学生が予習復習をしていないという実態にあるかと思います。わかりやすい講義はいいのですが、その講義が勉強しようという動機づけになっていないところがさみしいです。今回は、実験の評価もありました。ちょっと内容が多すぎるのかもしれません。もう少し考えなおす必要があります。班の人数を減らしたほうがいいのと、レポートだけでなく、結果の発表を取り入れるのもいいかなと思います。ただコメントにもありましたが、3年後期ということで、就職活動が入ってきて集中できにくい状況であることは間違いありません。

3月20日 学科主催 大宮教授、新垣教授、久能教授、最終講義 3人の先生の個性あるお話を拝聴いたしました。大宮先生が退官という実感はまだありません。久能先生は、昔、学科は違いましたが、同じ棟の隣の研究室でしたので、最終講義に参加された研究室OBの方に懐かしい顔をみることができました。30年以上のキャリアを1時間で話すことはとても無理だと思いますが、それぞれの先生が、思い出に残る言葉を残されたと思いました。

2月28日〜3月19日 とにかくいろんなことがありました。正直、東南アジアははじめてでした。イメージとずいぶん異なるところもありましたし、ちょっと日本では考えられないような、びっくりをいくつも体験しました。それにしても、学生さんの英語の達者なことと、積極的なこと。日本で学位を取得された先生の多いこと。カリキュラムが充実していること。いろいろ思う事がいっぱいで、研究活動といい、充実した日々を過ごすことができました。また、タイレポートについては、こちら。

2月28日 名古屋空港より、タイのバンコクへ出発。冬から夏への移動は、ちょっと体がびっくりでした。

2月25日 前期日程の入学試験 試験監督をしました。今年の倍率は、2倍強だったので、監督をしながらこの部屋の半分くらいは、来年1年生になるのかなと思いました。ひよっとすると3年後いっしょに研究をすることになるかもと思うと受験票をみる目にもちからが入ります。

2月某日 予告 日本学術振興会 拠点交流による派遣研究者ということで、2月28日より3週間、タイのKing Mongkut's University of Technologyに「微生物機能を利用した農産廃棄物の再利用」ということで、研究にいってきます。気温35度の真夏へワープです。

2月某日 コンピュータの復活 ロジックボードの交換により復活をしました。一時はどうなるかと思いましたが、ハードディスクもそのままで、助かりました。とりあえず、大切なファイルは、外付けハードにコピーをとりました。今回はバックアップの重要性を思い知らされました。やっぱ慣れたコンピュータはいいです。なんとなくキーボードに手をおいただけでしっくりきます。

2月20日 修論発表会 会場にはいるなり、いきなり座長に質問をふられて、ちんぷんかんぷんな質問をして演者を困らせてしまいました。修士論文となるとかなり専門性が高くなるので全部を理解することはできませんが、勉強になります。

2月某日 小宮教授の最終講義 今年は退官の先生の当たり年で、資源循環学科だけでも三人の先生が退官されます。小宮先生は、生物圏生命科学科なんですが、学生時代に実験でお世話になりました(農芸化学の時代です)。脂質の実験で卵の黄身からコレステロールをとったりしました。大学院の研究法で、澱粉のX線回折のお話をされていたときの姿が印象的でした。35年間御苦労さまでした。

2月某日 修論審査が全て終了いたしました。卒論の提出に研究室全員間に合いました。これで今年もひとだんらくです。

2月13日 卒論発表会 資源循環学科の卒論発表会です。午前中は口頭発表でパワーポイントをつかって発表をし、午後からはポスターセッションで、午前中の発表で使った図をA4でコピーしてはりつけました。なかなか、口頭発表では質問できない3年生や2年生もポスターでは積極的に質問をしたりして、けっこうもりあがりました。資源循環学科の他の講座のポスターが見れたのもよかったです。他学科の先生にも見ていただき、ポスターセッションは成功だったと思いました。発表終了後、来年、研究室に来る新3年生が挨拶に来ました。新しいメンバーが入り、卒業生が出ていく、そんな季節になってきました。

2月12日 修士二次募集入試 修士課程の入学試験です。明日に卒論発表をひかえた学生さんには、ちょっときびしいかもしれません。

2月某日 修論審査 今年は4件の審査をかかえていまして、読むのもたいへんです。まあ、知らないこともあるし、あーそんなんだと思いながら、読んでいます。

2月7日 東海畜産学会 三重大学講堂の小ホールで、東海畜産学会のシンポジウムを開催しました。いろいろと学生さんに助けていただきました。

2月3日 節分、長かった後期も今日で講義・実験が全て終了です。レポートと試験、卒論発表、修論発表と、2月は2月なりに行事が満載です。きびしいーーーー。

1月某日 ちょっと前から、電動歯ブラシなる商品にはまっています。歯磨きしたあとの感じがいいし、きれいになったような気がします。

1月某日 ウイルスがはやっています。いっぱいメールに飛び込んでいきます。「ウイルス付きのメールをよこすな」と覚えもないところ、見たことのないアドレスからクレームがやってきます。メールボックスをあけるのが、こわくなってきます。どこか私のアドレスの入ったコンピュータが感染しているようです。

1月某日 スコットランドのローウェット研究所のアミノフ博士が研究室を訪ねてくれました。彼に会うのは、2001年のGRC以来です。興味深いはなしを聞かせてくれました。

1月某日 三重大学は、地元のケーブルテレビ15chに「三重大学の広場」という1時間番組をもっています。その番組の取材で、植物資源学実験の様子が撮影されました。ちょっと緊張しました。実際には、一瞬なんだとは思いますが、学生実験の風景がほしいとのことでした。

1月某日 朝からインターネットの調子が悪くて、ルータのリセットをしました。次ぎは、使っているiBooKのトラブル、メールを失うと学内の連絡もままならず、つぎつぎとトラブルが続出。新年そうそうついていません。おまけに文部科学省からはお呼びだしで・・・。うごかなくなっていたコンピュータを復活させて、対応していますが、不便です。

1月4日 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。年賀状にHPをみていますという励ましがずいぶんとありました。今年も頑張って書いていきたいと思います。今年は、いよいよ国立大学法人の誕生で、大学環境は益々きびしくなりそうです。何が起きるのか予想もつきません。

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