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研究内容
 
 木質バイオマス(木本・草本リグノセルロース系バイオマス,木材や穀物茎など)は,二酸化炭素と水から光合成によって形成され,かつ,国内でも大量生産可能な「再生可能有機資源」です。燃料としても有用ですが,うまく繊維や成分を取りだすことができれば,様々な製品を創りだしうる石油代替資源でもあります。当研究室は,木質バイオマスを構成する全素材の高度利用を実現することを目指し,既存技術が実用化に至らない理由を精査した結果,以下3つの方針で,素材総合利用のグランドデザインに取り組んでいます。
 このような大局的観点より,バイオマス利用に取り組む研究者は少ないのが現状です。化学工学,農芸化学,林産化学の諸分野で,バイオマス研究を行ってきて,各分野で得意なこと不得意なこと,常識・非常識が分かっていることが私の強みだと思っています。

【1】 セルロース,ヘミセルロース,リグニンのすべてが使える成分分離プロセスの探求

 木質バイオマスの主成分は,セルロース,ヘミセルロース,リグニンという高分子です。これらは相互に絡み合って複合体を形成しており,簡単に溶媒などで分離することができません。過去に様々な木材成分分離法が研究されてきましたが,@リグニンを分解して溶かし出して,セルロースを残す(アルカリ蒸解,オルガノソルブ蒸解など),Aセルロースやヘミセルロースを加水分解してリグニンを残す(酸加水分解など),という2パターンに大別されます。しかもそのほとんどにおいて,リグニンは構造制御不能で,「使えない」という問題点を抱えています。そこで当研究室では,「使いやすいリグニン」を得ることができて,かつ,セルロースやヘミセルロースからも有用な化合物を得るプロセス,さらには将来的にスケールアップがしやすそうなプロセスを追究しています。リグニンは構造が複雑な天然物ですので,何が「使いやすい」かは,大変難しい問題なのですが,誘導体化したり,何かに混ぜたりすることを考えれば,まずは有機溶媒に溶けやすい,熱可塑性がある,などの特性を有するリグニンの獲得を目指しています。

(具体的テーマ)
・フェノール含浸木材の前加水分解ソーダ蒸解による三成分完全利用システム
・白色リグニンのオリジナル単離システム
・リグノセルロースのイオン液体への完全溶解・成分分離システム
・常温(多段)アルカリ処理をベースとする成分分離,機能性成分の探索(特にリグニンの少ない草本系)

【2】 成分を分離せずに,木材チップ,ペレット,木粉,木質繊維を使う

 木材主要三成分を使える形で分離することは本当に難しいことです。そこでいっそのこと成分を分離せずに,そのまま使ってしまえという方針です。大きな木材は柱や板に活用し,木材チップは製紙や木質バイオマス発電やボイラーの燃料に使われています。さらに細かくなった木粉は,家畜の敷料やキノコの菌床栽培に使われますが,この辺りの付加価値向上を検討しています。

(具体的テーマ)
・木材チップやペレットの半炭化: よりハイスペックなバイオマス燃料を。副生物の利用も
・木粉や木質繊維の成形: 天然系の増粘剤を加え,自由な形状の木質材料を
・木粉をイオン液体に溶かして,紡糸,フィルム化
・木材チップをナノファイバー化したリグノセルロースナノファイバーの機能性繊維としての利用

【3】 パルプリファイナリー: 現在の紙・パルプ産業の産物を多用途に活用する

 これまで幾多のバイオマス利用に関するパイロットプラントが建設されましたが,いずれも実用に至っていません。これに対して,紙パルプ産業は,膨大な量の木材チップが連続的,化学的に蒸解されている点で,他の追随を許しません。製紙工場では,木材チップが蒸解釜で脱リグニンされ,セルロース繊維を主体とするパルプが得られます。溶かし出されたリグニン(黒液)は濃縮され,燃焼され,所内エネルギーとして有用活用されています。そこで,得られるパルプの紙以外の利用,リグニンの燃料以外の利用を目指します。
 2006年にノースカロライナ州立大学にて在外研究していたとき,"Forest Biorefinery"というプロジェクトに従事していました。閉鎖した製紙工場を利用してパルプを製造し,酵素糖化,発酵して,バイオエタノールを得るというものです。さらに拡張して,紙の値段がいいときは紙をつくり,エタノールの値段がいいときはエタノールをつくるというデュアルパーパスのプロセス設計も行いました。エタノールの価格は安いですが,パルプを酵素糖化して単糖を得る重要性は今後ますます高まると考えます。パルプの糖化は,木材と比べればかなり容易ですが,しかし少ない酵素量で糖化して,かつ何度も繰り返し酵素を使うのは案外難しいことです。また液体酸,酵素に代わる固体酸触媒の開発にも取り組んでいます。
 製紙プロセスで副生されるリグニンですが,このリグニンを水素化分解などして,モノフェノール類やBTXを得ようとする研究は,過去に膨大に行なわれています。高収率な反応系,触媒が開発されるなら,いまでも大変インパクトのあると考えています。しかし,多くの人が取り組んで不成功ということで,私はパルプと再複合して任意のリグニン含有量の人工木質繊維をデザインしたり,リグニンを貼ったり含浸したりして木材やファイバーボードに難燃性を付与できないか,といった切り口で研究をしています。

(具体的テーマ)
・パルプ,セルロース系基質の酵素糖化,残渣への酵素吸着,失活挙動
・多糖加水分解用の新しい固体酸触媒の開発
・セルロース誘導体を用いたセルロース繊維の成形: 紙でもなく,糖でもなく,そのまま成形してプラスチック代替
・黒液吸収酸性化によるセルロース繊維とリグニンの複合による人工木質繊維の開発
・木材成分のみによる(いわゆる難燃化剤を使わない)難燃性木材または木質材料の開発
・イオン液体へのセルロース,リグニン任意比率での溶解,複合



【〜2016年3月,舩岡研】

1. 植物の流れ

  森林は,微少分子が巨大複合体(樹木)を経て再び分子へと転換される一つの流れとして捉えることができます。炭酸ガスが光合成システムによって集合化し,精密な分子複合系へと組み上げられた一形態,それが樹木であり,これはその後壮大な年月をかけ再び炭酸ガスへと解体されます。一方草の流れは非常に速く,通常1年で完結します。しかし,私たちはこの時間の違いを認識し,物質毎に使い分けているでしょうか。最近木質バイオマス発電が話題を呼んでいますが,木材を燃やすという行為は,壮大な年月をかけ地球外エネルギーによって組み上がった炭素の複合系を,その後の分子レベルでの機能を全て放棄し,炭酸ガスへと一気に転換することに他なりません。

2. 樹木を機能性分子へ

  地球生態系を攪乱することなく,石油に依存しない持続的な社会を構築するためには,以下の認識と技術が必要になります。
@ 炭素循環の起点に位置し,しかも化石資源の重要なルーツの一つである森林資源を分子レベルで認識し,その循環設計を解析する。
A 構成素材の特性を高度に生かす機能性分子へと転換しながら,複合系を解きほぐし,分子を解放する。
B 循環型材料を設計し,精密な分子構造制御のもとに前進型に逐次活用するシステムを構築する。
C 循環材料を総体として評価した上で,上流側から価値を定める新しい評価法(循環経済学)を確立する。


  なかでも,生態系に蓄積している最大級の有機資源でありながら,世界的にそれを機能的に活用した材料が見あたらないリグニンについて,新しい分子制御技術と持続的な活用システムを開発することがキーとなります。この困難な命題に対し,分子素材個々に最適な環境を設定し,常温,常圧にて炭水化物およびリグニンの機能を個々に精密制御する新しいシステム(相分離系変換システム)を考案しました(図1)。本システムにより, 植物体は新しい循環型リグニン素材(リグノフェノール)と炭水化物へと定量的に変換,分離されます。本技術の基礎は1988年に考案いたしましたが,1999年に JST CREST研究として採択され,その一環として2001年に三重大学キャンパス内に第1号植物資源変換システムプラントを建設しました(図2)。さらに,森林と化学工業を分子でつなぐシステムを具現化すべく,林業,木材工業関連の企業から合成化学工業関連企業まで約20社がネットワークを組み,新しい前進型工業システムの構築を目指し,検討が開始されています。2003年12月,北九州市若松(電源開発)に事業化レベルの植物資源変換システムプラントが完成しました(図3)。

図1 植物資源の相分離系変換システム

図2 第1号植物資源変換システムプラント(三重大学)

図3 第2号植物資源変換システムプラント(北九州市)
 3. 森林資源の循環活用

  森林資源を木材(分子複合体)として活用後,機能性分子へと精密に変換・分離することによって,木材,紙を越えた限りなく広い応用分野が展開します。たとえば,セルロースとリグノフェノールの組み合わせによって,高い耐水性と安定性そしてリサイクル特性を有する循環型材料が誘導されます(図4)。リグノフェノールは,その構造制御により従来のリグニン試料の約70倍までタンパク質吸着活性を増幅することができ,脱着型固定化酵素システムとしての応用が期待されます。また,リグノフェノールはバイオポリエステル可塑剤として優れた機能を有しており,新しい循環型生分解性フィルムが誘導されます。さらに,リグノフェノールの電子伝達系,高密度芳香核構造を活用し,リグニン系太陽電池や電磁波シールド材料,分子分離膜を誘導することができます。その他,バッテリー機能制御素材,フォトレジスト等への応用も可能です。

図4 循環型リグノフェノール―セルロース複合材料
4. 新しい持続的工業ネットワーク

  我国は化石資源のルーツの一つである膨大な森林資源とその持続的な管理技術を保有しています。
@ 炭酸ガスを高次複合体へと組み上げる光合成を助ける林業
A それを受けて機能材料へと形状成形加工を行う木材工業
B その後精密に分子複合系を解放する分子分離工業
C 分離素材から循環型材料を創製する植物系分子素材工業
D そして高度に単純化された原料から機能材料を生み出す精密化学工業

がネットワークユニットを構成し(図5),それを各地に点在させます。そしてさらに個々のネットワーク間をネットワークで結びマテリアルインターネットワークを構築します。これによって地域間の不均衡をユニット間での補い合いにより常時是正することが可能となり,高度なそして持続的な(安定した)社会が構築されるでしょう。

図5 化石資源に依存しない持続的前進型工業ネットワーク

植物の流れ

樹木を機能性分子へ

森林資源の循環活用

新しい持続的工業ネットワーク