阪井智香さん(生物圏生命科学専攻,博士前期課程2年,水圏材料分子化学教育研究分野,担当教員:伊藤智広准教授)へのインタビュー取材が行われましたので,ぜひご覧ください。
現在に至るまで
高校生の時,将来,食品や化粧品分野の研究や商品開発に携わってみたいと思い, 三重大学 生物資源学部 生物圏生命化学科 (現・生命化学コース)に入学しました。
大学の講義を受ける中で、天然物に含まれる低分子化合物が生体の様々な機能を調節することに興味を持ち,卒業研究ではウニ殻の色素にメラニン生合成抑制作用があることを発見するなど,私の取り組みたい研究を展開されている水圏材料分子化学研究分野(水圏材料分子化学研究室)を選びました.
大学院では,褐藻から単離した真菌が産生するマクロライド化合物の抗炎症作用に取り組んでおり,令和5年度日本水産学会中部支部大会では優秀発表賞を受賞することができました.
マクロライド化合物とは?
マクロライド化合物とは,現在,感染症の治療薬として用いられている抗生物質の一種であり,抗菌作用の他にも,消化管の運動機能の増進や免疫細胞の一種であるマクロファージ細胞を介して抗炎症作用を示すことが知られています.しかし,マクロライド系抗生物質を人工的に全合成するには,半年から1年ほどの時間がかかってしまいます.さらに,耐性菌が出現しているため,新規物質または新規合成法の開発が求められています.
実験の目的
私たちの研究グループでは,日本沿岸で自生する褐藻類のウミトラノオ(Sargassum thunbergii(Mertens ex Roth)Kuntze.)に共生する真菌を単離し,培養することで4種のマクロライド化合物(dihydrocolletodiol(以下DhC),colletodiol,halosmysin C,halosmysin D)を得ることに成功しました(図1).この4種のマクロライド化合物の細菌性の炎症の阻害活性およびその機構について明らかにすることで,この真菌の培養系によるマクロライド系抗生物質の大量精製法の確立に結びつけることができるのではないかと考えました.
図1 褐藻類ウミトラノオ(写真左)から単離した Halosphaeriaceae科真菌(写真中央)が産生する4種のマクロライド化合物(図右,化学構造).
単離した4種のマクロライド化合物;Dihydrocolletodiol (DhC),Colletodiol (Col),Halosmysin C (Hal C),Halosmysin D (Hal D)
マクロライド化合物の抗炎症効果
マウスのマクロファージ細胞であるRAW264.7細胞は,大腸菌の細胞壁外膜のリポ多糖(LPS)や細菌などの感染により白血球から放出されるサイトカインであるインターフェロンγ(IFNγ)によって刺激が加えられると,細胞膜表面に位置する各々の受容体を介して細胞内の情報伝達が活性化され,一酸化窒素(NO)が産生し,炎症が引き起こされます.そこで,このRAW264.7細胞の培養培地中のNO産生量を調べることで4種のマクロライド化合物の抗炎症効果を評価しました(図2).その結果,DhCはLPSとIFNγの両方の刺激によってNO産生を阻害し,既存の抗生物質薬であるエリスロマイシンより強いNO産生の阻害効果を示しました.次にこのDhCがNO産生するためにLPSやIFNγにより活性化されるToll様受容体*およびIFN受容体を介した細胞内情報伝達経路を網羅的に調べました.その結果,c-Jun N 末端キナーゼ(JNK)のリン酸化がDhCにより阻害され,抗炎症効果を誘導することが推察されました(図3).
* Toll様受容体(Toll-like receptor(TLR))は自然免疫においてウイルス・細菌の構成成分を認識し,タイプIインターフェロン(IFN)や炎症性サイトカン産生の誘導,樹状細胞の成熟化を介してリンパ球に感染防御のシグナルを伝達するパターン認識レセプターである.
図2 4種のマクロライド化合物の抗炎症効果
LPSとINFγの刺激を加えたRAW264.7細胞を用いて種々の化合物によるNO産生を調べた.化合物として4種のマクロライド化合物(DhC, Col, Hal C, Hal D),ステロイド系抗生物質(Dexa, dexamethasone),抗炎症効果が知られている低分子化合物(Que, quercetin),既存の抗生物質でありマクロライド化合物である(Etm, erythromycin)のNO産生を比較し、抗炎症効果を調べた.グラフはLPS/INFγの刺激および種々の化合物を加えていない細胞群を1としたときの比で表している.♯ はLPS/INFγの刺激および種々の化合物を加えていない細胞群とLPS/INFγの刺激を加え種々の化合物を加えていない細胞群,* はLPS/INFγの刺激を加え種々の化合物を加えていない細胞群とLPS/INFγの刺激および種々の化合物を加えた細胞群,†はDhCとEtmで処理した同じ濃度の細胞群で2群間の有意差検定を行った(Student's t-test,♯p<0.05,*p<0.05,**p<0.01,†p<0.01).
図3 推察されるDhCの抗炎症機構
RAW264.7細胞をLPSとINFγ刺激Toll様受容体およびIFN受容体から活性化される炎症反応(NOの産生)が起こるまでの細胞内情報伝達経路と推察されるDhCの阻害箇所を点線で示した.
今後の展望
今回の研究でLPS刺激にてToll様受容体を介して活性化される 細胞内情報伝達分子の一つであるJNKを阻害することにより,抗炎症効果を示すことが推察されましたが,実際にJNKの下流分子を抑制しているか確認するためにJNKが核内へ移行するか,さらにJNKの下流にあるアクチベータータンパク質1(AP-1)が転写因子として働き,TNF-αやIL-6などの発現を調節することで,DhCの抗炎症メカニズムの解明に取り組んでいるところです.
未来の三重大生へ
三重大学 生物資源学部では,幅広い分野について学び、興味のある研究をすることが出来ます.実際に,私は興味のあった研究を行い,学会に参加し意見交換をすることで研究に対する知識を深めることができました.その結果として,化粧品会社に内定をいただくことができ,化粧品の開発や販売に携わることが決まりました.皆さんも三重大学 生物資源学部で将来の夢を叶えてみませんか.
関連リンク
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